STAY GOLD

2011
08.24

「先輩、もう終わりにしましょうよー!」

 

髪の毛は脱色され金髪に、服装もどことなくだらしなく
有り体に言って『まだ子供っぽさが抜けない』感じの青年は
隣で黙々と作業している男にそうぼやいた。

「そうだな・・・いや、もう少し綺麗にしようか」

『先輩』と呼ばれた、見た目は中年に差し掛かろうかという
印象を受ける無精髭の男は、一瞬考えた後にそう答えた。

ここは都心にある若干くたびれた感じもする雑居ビルの一角。
話している男たちは、どうやらビルの清掃をしているようだった。

 

「ええー!誰もここまで細かく見てないっすよ」

金髪の青年はうんざりしたようにそう言った。

確かにその言い分も分かる。そもそもビル自体の老朽化が
進んでいるため、多少綺麗にしたところで見栄えがよくなる
ような代物ではないように見える。

「つーか、毎日こんな仕事してて飽きないですか?
正直、オレもう辞めよっかなぁとか考えてるんですけど」

青年は男に向かい、いかにこの仕事が面白くないかを
全身で伝えたそうに、気だるげな姿勢で男に問いかけた。

「毎日毎日、同じような事ばっかりやってるじゃないですか。
入る前から予想はしてましたけど、もう限界ですよ」

 

そんな言葉を聞いて、男は苦笑しつつも口を開いた。

「そうだな・・・確かに毎日同じ事の繰り返しだよな」

「朝は早いし、夜は遅い。自分の時間なんか取れない」

「でもな、俺は充実してるよ」

「この不景気の中、仕事は安定してるし、家族も養える」

「こうやって毎日生きていけるだけで幸せだと思うんだ」

 

青年は、社内からも『寡黙』と評判の男が、珍しく饒舌に
会話してくれている事に若干驚きながらも、疑問をぶつけた。

「だとしてもですよ。なんかこう夢っていうか、そういうのは
先輩にはないんですか?ずっとこのままじゃ腐っちゃいますよ」

青年は妙に満足げな男の横顔を見ながら不貞腐れていた。

「やっぱ男だったら一発当てたいとかそういうの。ないんですか?」

 

その言葉を聞いて、男はくすっと微笑んだ。

「昔、そんな事を言ってた親友がいたよ。そいつは今何してんだろうな?」

青年の問いに答えたようではなく、独り言のように男は呟いた。

そして青年に向き直り「よし、あとちょっとで終わりにするか!」と
励ますように威勢よく声を掛けた。

「今日は終わったら飲みに行くか。俺が奢ってやるよ」

 

「よっしゃー!!ねね、先輩。その人の話聞かせて下さいよ!
てか、先輩の昔話って聞いたことないんですけど」

「あぁ、そうだな。俺が昔、抱いてた夢の話でもしてやるよ」

「うわー、すげー気になる!オレさっさと片付けます!」

先ほどまで「辞めたい」なんて事を言っていたようには
欠片も見えない青年の笑顔を見て、男は嬉しそうな顔を
浮かべながら、胸中で問いかけていた。

 

『なぁ。俺は今でも輝けてるみたいだぜ』

『お前もどっかで輝いてんだろうな、親友』

 

二人の声とモップの音が響くビルの上では、空一面に星が瞬いていた。

 

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